昨日不二と一緒に噂を流した。
『明日久々に元レギュラーで部活にでようか・・・』
教室の中で、廊下で、食堂で、俺なんかは大石のクラスまで行って騒いだりして・・・
それが功を奏したのか、噂はあっという間に全学年に行き渡ったみたいだ。
女って・・・やっぱ凄い・・・
まぁでもこれで俺達のラブラブ大作戦は火蓋を切った訳だ。
後は今日・・・頑張って女子達をやり過ごす!
俺は携帯の時計を確認して靴を履いた。
「よしっ!行きますか!」
不二と決めた事・・・
1つ・・・当日学校には遅く登校する。
2つ・・・テストが始まったら、教室から出ない。
3つ・・・テスト終了後は速やかに教室を出て部室に向かうふりをする。
あとは・・・そうそうリアリティーを出すために、ラケットバッグにラケットを入れて持って行く。
うん。ばっちり!
あっそうだ・・・大石にメール入れておこう。
昨日不二と決めた事は、ちゃんと伝えたけど・・・
大石の奴、部活を引退した後も習慣だからっていつも朝早いんだよ。
だから今日は絶対に遅く行けよって、早く着いちゃいけないんだかんなって言っておいたけど、ちょっと心配・・・やっぱ念押しは必要だよな。
〈大石おはよう! 昨日言った事覚えてる?ちゃんと遅く行ってよ!〉
送信っと・・・
まぁ・・あとはなる様になる・・だな・・・
それにしてもテスト最終日っていうのに、何だかテストそっちのけで気持ちはバレンタインだよな〜
ホントこれが受験だったら大変な事になるとこだよって思って歩いていると、思った以上に早く大石から返信が入った。
〈英二おはよう。ちゃんと覚えてるよ。それより教室に着いたら、最後まで諦めずに教科書見ろよ。じゃあテストの後で〉
はい。はい。わかってますよ。
携帯をパタンと閉じて、ポケットの中に直す。
そして小さく溜息
ここにいたな・・・テスト優先の奴
「不二〜〜なんか怖いよ・・・」
1時間目のテストが終わった休み時間
俺は大石に言われたように、教科書片手に不二の席に移動していた。
次のテストの範囲をチェックするふりをして、不二とコソコソ内緒話をする。
「まぁまぁ・・・平常心、平常心だよ。英二」
「そうは言うけどさ・・・」
不二と打合せした通りに、テストの間は教室から出ない・・・を実行してるんだけど
かなりの女子達が遠巻きに俺達の様子を伺っている。
もしこれで・・廊下に出ようもんなら・・・確実に捕まるな。
何だかヒシヒシと無言のプレッシャーを感じる。
こんな感じがまだまだ続くのか・・・俺はまだ不二がいるからいいけど・・
大石は大丈夫かな?
このプレッシャーに勝ててるのだろうか・・・
気になるけど見にいけない・・・
あ〜〜ホントテストどころじゃないって・・・大石何とか持ち堪えてよ。
「じゃあみんな気をつけて帰れよ〜!より道なんてするな〜!」
HRが終わって、担任の声にみんな次々と席を立って教室を出て行く。
よし・・・作戦決行!!
「んじゃ不二!俺先に部室行っとくから!!」
大きな声で不二に告げて、不二にだけわかるように親指を立てて合図を送る。
そして女子達に捕まらない様に、走り出した。
目指すは1階の男子トイレ
流石にここまでは女子もついて来れないだろうって・・・これも不二の提案
一旦ここで女子をやり過ごして、窓から出て行く。
何だか大脱走って感じ?
想像すると可笑しくて、だけど大きな声では笑えないから、必死に笑いを堪えて走った。
「1番乗り!」
って、勢いよく男子トイレの扉を開けると、先約がいた。
「英二!」
「おっ・・・大石!早いじゃん」
絶対に俺の方が早いって思ってたから、少し驚いて大石に近づくと大石は安心したように笑った。
「まぁな・・・HRが早く終わったってのもあるんだけど・・・いたたまれなくて・・・」
そっか・・・やっぱり・・・
大石もあの無言のプレッシャー感じてたんだな。
女子達の並々ならぬ気迫
「しかし大石、よく捕まらなかったな」
「英二こそ・・・たくさんの女子に狙われてたんじゃないのか?」
近づいた俺の髪を大石がすく。
俺はくすぐったくて首をすくめて、大石の肩におでこをのせた。
「まぁお互い無事でなにより・・だよな」
そう言って今度は大石の背中に手を回した。
あぁ・・・幸せ
しっかり抱きついて、幸せを噛締めていると大石に背中を叩かれた。
「あの・・英二。ここ男子トイレだから・・その家帰ってからな・・・」
「へっ?」
あっ・・・そうだ・・・ここ男子トイレだった。
ついつい大石の顔見たら、安心しちゃって・・・
そうだよ・・・まだ安心してる場合じゃないじゃんか。
ここから脱出して、大石の家がゴールなんだから。
「よし!じゃあ脱出しますか!」
「えっ?他のみんなは?」
大石が驚いて、入り口に目をやる。
そうだ・・・大石には言ってなかった。
「不二と手塚は別ルートで脱出。バラけた方がいいからってさ。
そんでもって乾とタカさんはホントに部活に出るんだって」
「えっ?そうなのか?」
「うん。乾はほら海堂が練習あるから、タカさんは噂を流して誰も出ないじゃ
すぐ俺達の計画がばれるだろうから・・・ってさ」
「何だか・・・タカさんに悪い事したな・・」
「まぁそうだね・・でも今日は甘えとこうよ。今度またお礼するって事で・・ね大石」
責任感の強い大石はこういうのホントは苦手だって事はわかってる。
みんなに嘘をついて、後輩巻き込んで、それにタカさんにまで迷惑かけるってわかったら
ひょっとして・・『申し訳ないから部活に出る』なんて言うんじゃないかって心配になった。
だけど今日はこのまま俺の為に空けて欲しい・・・
俺は大石の制服をギュッと掴んで歯を食い縛った。
大石・・・お願い・・・・
「そうだな・・・今度一緒にタカさんにお礼しよう・・な英二」
掴んだ手に大石の手が重なる。
俺はホッと胸で息をついて、顔をあげた。
「うん」
「じゃあ。そろそろ脱出しようか英二」
窓の側に移動して、ラケットバッグから靴を取り出す。
靴は朝来た時に、下駄箱に直さずにラケットバックに入れておいた。
これも不二の提案
下駄箱に靴を履き替えに行ってる間に捕まらないように・・・
ホント不二って凄いよな・・・頭が回るというか・・・策士だよな・・・
靴を履き替えながら、大石と二人で感心した。
「不二と手塚は上手く脱出したかな?」
「不二が一緒なら大丈夫だろ。心配なら一度家に着いたらメールでも入れてみたらどうだ」
「うん。そうだね。そうする」
窓を少し開けて様子を伺う。
よし・・・誰もいない
「大石誰もいないみたいだよ」
「じゃあせいので出て、そのまま裏門を出るまでダッシュだな」
「OK!んじゃ行くよ!せいの・・・」
俺の掛け声で俺達は二人して、男子トイレの窓から飛び出した。
そしてそのまま裏門までダッシュ
途中でもし女子に声をかけられそうになっても、立ち止らないで走り続ける事を決めていたけど、そんな心配をよそに運よく誰とも会わずに裏門を抜ける事が出来た。
「やったぁ!!」
学校が見えなくなる所まで走って、俺達はようやく走るのやめて歩く事にした。
「上手く行ったな」
大石が笑いながら左手を上げたから、俺も笑いながら左手を合わせた。
ハイタッチ!!
最初にクラスの女子に話を聞かされた時はどうなる事かと心配したけど・・・
不二の機転のおかげで、何事もなく幸せな時間が訪れようとしている。
今年は俺も大石も誰からもチョコを受け取らずに済んだな・・・
って事は・・今年は大石俺からのチョコだけって事だよ・・・
それって凄い事だよな。
ニシシって笑ってると、大石が不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「何笑ってんだよ英二」
「うん?あぁ・・・今年は大石誰からも貰ってないなぁ〜と思ってさ」
「えっ?でもそれは英二もだろ?それとも・・ひょっとして・・・まさか・・」
大石が疑いの目で見るから、俺は大石の鼻を弾いてやった。
「バカ。貰ってないっつーの!」
ホント大石ってすぐに勘違いするっていうか・・・早とちりするっていうか・・・
歩きながらわざと拗ねたふりをすると、大石は俺の頭をポンポンと叩いてあやしてくる。
「ごめん。ごめん。それで・・・英二は今年・・その俺に・・・」
大石が少し心配そうに・・・聞きにくそうに俺を見る。
そんな顔しなくても・・・用意してない訳ないじゃんか・・・
「あるよ!」
「ホントか!あっ・・・その・・・えっと・・・ありがとう」
「ありがとう・・ってまだ渡してないのに・・・礼を言うの早くない?」
「あっ・・そうか・・・だよな」
そう言って大石が苦笑する。
ホント大石って・・・
「実はさー不二と一緒に作ったんだよ!」
「へー」
「今年はね〜トリュフ!」
「トリュフ?」
「まぁ見てのお楽しみって事で・・・」
大石はトリュフが気になったのか、暫く『トリュフってどんな感じなんだ?』とか言ってたけど
それはやっぱお楽しみだから『さあね。どんな感じでしょう』って誤魔化して・・・
大石の家の側までやって来た。
「じゃあさヒント出してくれよ」
ヒントって・・・そこまで気になるのか・・・?
俺はクスクス笑って、見えてきた大石の家を指さした。
「まぁまぁ・・・もうすぐ大石の家に着くじゃんか」
「う〜ん。まぁそうなんだけど・・・気になるなぁ・・・」
大石は一人ブツブツ呟いている。
まさかここまでトリュフに喰い付くと思わなかったな・・・
大石を横目に見ながらその姿に微笑んで、前を向きなおすと大石の家の前に誰かがいるのが見えた。
「あっ・・・」
「どうした英二?」
声を上げて立ち止った俺を見て、大石も足を止めた。
「あの子・・・」
俺がポツリと零した言葉に大石が反応して、俺の目線の先を追う。
「あっ・・・」
そして大石もそのまま黙ってしまった。
いるんだよな・・・噂話や・・・みんなの行動に流されない・・・意志の強い子
卒業式だからってイベントに便乗して・・・じゃなくて・・・
本気で気持ちを伝えたいって思う子
大石を真剣に好きだって思ってる子
いつからあの子は大石の家の前に立っていたんだろう
白い息を吐きながらサラサラストレートの長い髪を揺らしてその子が俺達に近づいて来た。
そして俺には目もくれず、大石の目の前で立ち止る。
「大石くん・・・あの・・これ受け取ってもらえますか・・・」
大石の前に差し出された、可愛い紙袋
彼女の手が少し震えてる。
この場から逃げ出したい・・・
もうすぐ大石の家に着くって思ったのに・・・
今年は俺のチョコだけだと思ったのに・・・
何事も無く訪れると思った幸せな時間は、今・・目の前で崩れてしまった。
気まずい空間
「おっ・・大石・・俺ちょっとコンビニでも行って来るから」
目の前で大石が告られるとこなんて見たくも無い。
俺はくるりと方向転換して、走り出そうとした。
「待って英二!」
だけど走り出す俺より早く、大石が俺の腕を掴んだ。
「大石・・・」
「行かなくていいから」
俺の目を真っ直ぐ見て、静かにそう言うと大石は俺の腕を掴んだまま彼女に向き直った。
「ごめん。受け取れない」
「えっ?」
彼女が大石の言葉に固まる。
「今年は好きな子以外からは受け取らない事にしたから・・・ホントにごめん」
大石は俯く彼女をそのままに歩き出した。
俺は大石に引っ張られるように、彼女の横を通り過ぎる。
彼女はまだ固まっていた。
パタン・・・
大石の部屋のドアが閉まる。
俺達は彼女を置き去りにしたまま、大石の家に入った。
俺は大石になんて言っていいかわかんなくてずっと黙ったままで、大石も彼女をふってから一言もしゃべってない。
あんな大石初めて見た・・・いつもの優しい大石からは想像つかないような・・・・
ちょっと冷たい感じの大石・・・
彼女はどう感じただろう?
「大石・・・良かったの?」
荷物をおいて、制服をハンガーにかける大石の後姿に声をかけた。
「何が・・・?」
大石は少し怒った顔で振り向く。
「何がって・・・彼女だよ・・・受けとらなくて良かったのか?」
ホントは受け取って欲しいなんて、これっぽっちも思ってない・・
だけど彼女の顔を思い出すと、聞かずにはいられなかった。
「英二・・・俺が彼女に言った言葉・・・聞いてた?」
聞かれて考えた・・・大石が彼女に言った言葉・・・あっ・・・
「好きな子以外は受け取らないって・・・」
「じゃあわかるだろ?俺の好きな子は?」
大石が真っ直ぐ俺を見据える。
「・・・・俺」
「正解」
大石が俺の頭を撫でた。
「で・・でも大石・・・あんな言い方して、冷たいって思われてるかもよ!」
そうだよ・・・あんな突き放した言い方・・・
俺が大石の腕を掴んで大石にそう言うと大石は涼しい顔で答えた。
「別に構わないよ。ホントの事だから」
「ううっ・・・・」
でっでも・・・俺は大石が冷たい奴って思われたくなくて・・・
だけどもし受け取ってたら・・・やっぱそれは・・・嫌だな・・って・・・
あ〜〜もう!何かよくわかんない!!
座り込んで頭を抱えてると、大石が何かを差し出した。
「はい。英二」
「何?」
顔をあげると、そこには掌サイズの箱
「俺から英二に」
「へ?」
「バレンタインのチョコ」
「へ?」
大石が・・・俺に?
俺が・・・じゃなくて?
「マジ?」
「うん。英二の・・・なんだっけ?トリュフだった?それとは比べ物にならないと思うけど・・・一応手作りなんだ」
大石が手作り?
うそ・・・
「スゲーじゃん!!ホントにありがとう!!」
大石の手から箱を受け取って、テーブルの上に置く。
大石がチョコを用意してくれてるなんて・・・それも手作りだなんて・・・
でも・・・何で?
去年は確か俺からだけで・・・あれ?
「なぁ大石・・・何で俺にチョコレート?」
「あぁ・・・それは話せば長くなるんだけど・・・
ほら今日は好きな男の人にチョコを渡す日だろ?」
「えっ?あぁ・・・そうか・・・」
うん。そうだよな・・・俺も男だもんな・・・
そっか・・・大石・・・対等だって言いたいのかな?
別に気にしてないのに・・・
でも・・・へへっ・・・何か嬉しいや
暫く箱を眺めてると、大石が俺の様子を伺う様に手を差し出した。
「それより・・・英二は・・・」
「あっ・・・」
そうだ・・・出すの忘れてた。
俺は急いで鞄の中から、箱を取り出した。
「はい」
「ありがとう英二」
俺の手から大石の手へ・・・渡して気付いた。
『好きな子からしか受け取らない』
大石の想い・・・俺への想い
もし俺が大石の立場でも同じ事をした・・・よな
『好きな子からしか受け取らない』
俺だって大石からしか受け取らない。
さっきの彼女には悪いけど・・・
やっぱ俺・・・喜んでる。
凄く・・凄く・・・嬉しい。
「大石・・・やっぱさっきの・・・彼女の・・断ってくれて凄く嬉しかった」
「英二・・・俺の方こそ・・・ごめん。英二の前であんな・・・
もうすぐ家に着くとこだったのに・・・嫌な思いさせた」
テーブルを挟んで、見つめ合って・・・そして二人でふき出して笑った。
俺達・・・何やってんだか・・・・
「なぁ大石。開けて食べていい?」
「あぁ。俺も食べていいか?」
「もちろん」
二人でせーので開けて、中身を見た。
「へ〜〜アルミカップに流したんだ」
大石が手作りって言うから、どんなのかな?って思ったけど・・・・
うん・・・いやでも頑張ってくれてる・・・大石にしたら上出来だよ・・・
「英二・・・凄いな・・・これがトリュフ?何だかお店で買ったみたいだ」
大石は驚きながら、1つ摘まんで口の中に入れた。
「美味しい・・・それに軟らかいな・・・」
嬉しそうな笑顔を俺に向ける。
「んじゃ俺も1つ・・・」
箱の中から1個取り出して、噛んだんだけど・・・・んっ?これ・・・硬い
歯でカリカリしたけど・・・やっぱ無理
「大石・・・硬くて・・・噛み切れない・・・」
「えっ?どれ・・」
大石が俺からチョコを取って噛んだ。
「ホントだ・・・」
大石は困った顔をして、俺の目の前に置いてあった大石が作ったチョコの箱と
俺が作ったチョコの箱を差し替えた。
「こっち俺が食べるから、英二は自分で作った方のを食べてくれ」
そう言って大石は噛みきれなかったチョコをそのまま口に入れてしまった。
「あっ!!俺、噛み切れないって言ったけど食べないなんて言ってないじゃん!!
返してよ!!」
「返してって・・・もう口の中に・・・」
モゴモゴ言ってる大石の襟元を掴んで、俺はそのまま口づけた。
そして強引にチョコを奪う。
「英二っ!」
大石は赤い顔して俺を睨みつけた。
俺の大切なチョコレート
作った本人でも・・・大石でもあげないよ
だってこれは大石が俺の事を思って作ってくれたものだから
大石の愛が詰まってるから
だけど・・
俺はもう一度大石の襟元を掴んで引き寄せた。
そして口の中のチョコをもう一度大石の口の中に移す。
「1個だけあげる」
ニシシって笑うと、大石は真っ赤な顔で言葉にならない言葉をあげた。
俺はそんな大石を見ながら、もう1個チョコを頬張る。
カチカチだけど・・・少しずつ大石の想いが口の中に溶けていく
大石の優しさが口の中に広がる
大石・・・来年は一緒に作ろうか・・・
二人で俺達だけの甘いチョコレートを・・・
きっと楽しくて、幸せで・・・今日と同じように素敵なバレンタインになるよ
最後まで読んで下さってありがとうございます。
バレンタイン企画なのに・・・一日遅れてスミマセン!!
何だかあれもこれも・・・と思っている間にいつもより長くなって・・・まぁいい訳ですけど(笑)
兎に角・・・今回は最初にも書いたんですが、バレンタインって事で甘くを目指したんですが・・・
結局はいつもとそんなにかわらないという・・・☆
まぁでも・・・少しでもほっこりしてもらえれば嬉しいです。
2008.2.15